9 場所と時間と状況等に左右されることはあっても、記憶とサンスカーラ(煩悩/輪廻)は、カルマの法を避けることで出来ずに、因果に値する結果を生む。
カルマの法は完璧である。欲望、執着心、傾向などは、別の生(来世)の別の状況下になるかもしれないが、必ず結果を生じる。そして、一見何の罪もない人達が苦しんでいるように見えるのは、実は過去の行いに対するカルマを返しているからである。「記憶は潜在意識の中にある欲望である。」という説もある。私達の欲望がいかに強いかが容易に窺える。
10 欲望に始まりはない。なぜなら、生きたいという欲望は、永遠だからである。
ここに、悟りの難しさがある。普通の人にとって、生きたいという欲望は非常に強い。なぜなら、この宇宙劇(神の計画)は、まだまだ展開し続けなくてはいけないからだ。登場人物が全員悟って神と合体するために戻ってしまったら、劇が続かなくなってしまう。しかしながら、私達は、いつか全ての欲望を捨てなくてはならない。それには、日ごろから、煩悩という欲望の現れと戦わなくてはいけないし、少しずつ煩悩を減らし、いつかは完全に消滅させなくてはいけない。
11 欲望は、原因、結果、支持(こころの動き)、感覚を刺激するものによって成り立っている。これらの四つの要素を取り除くと、欲望は消える。
欲望の原因は、過去のカルマとそのカルマを生み出す心の動きであり、5つの感覚を刺激する物質である。だから、適度のこころの抑制と視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を刺激して私達のローワーセルフに楽しみとスリルを与えてくれる対象物を取り除くことが重要である。
12 過去と未来は、質の異なる道によって異なる。
宇宙空間を埋めているプラーナは変わらないが、その現れ方はまちまちであり、歩いてきた道により、その人の過去と未来についての感じ方が変わってくる。
13 この世を形成しているものは、著現しているしていないに関わらず、3つのグナによって構成されている。
プラクリティー(自然)はグナと呼ばれる3つの質(サットヴァ、ラジャス、タマス)から構成されていて、グナは、原子よりも微妙な物質であるとされている。
14 物の本質(個性)は、これらの3つのグナの組み合わせで決まる。
グナは全ての創造物の中に存在するが、全てのグナが、同時に現れるとは限らないし、通常、一つまたは二つのグナが優勢を保っている場合が多い。これらの3つのグナは、共存しながら変化を生み続けている。
15 同じ物を見ても感じ方が異なるのは、見る人の過去の足取りが異なるため、見る人のこころに相違が生まれているからである。
同じ物を見ても、徳の高い人は喜びを感じ、悪人は苦痛を感じ、無知な人は感覚的な体験をしないことがあるが、洞察力のあるヨギは、常に意識に変化が起きることはないと言われている。
16 物は、それ自体、人の心に左右されることはない。なぜなら、それは、人の心に認識されるされないに関わらずに存在するものだからである。
17 物がある人に知られているか、または知られていないかは、過去の体験から生まれたその人の心の色による。
人が物を認識するかどうかは、その人の過去や過去生の経験から生まれる心の傾向などに影響される。人が物を正しく認識するためには、心を磨き、純粋な心の持ち主となることが最低条件となる。
18 心の海に生まれるさざ波は、いつもプルシャ(魂)に知れている。
プルシャ(魂)は永遠で変化しないので、チッタ(こころ)の全ての動きを認識しているという。プルシャにとって心はただの道具に過ぎないらしい。そして、心は、魂の光によって物事を認識しているという。2人にはこの密接な関係があるという。